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神戸簡易裁判所 昭和51年(ト)125号 決定 1977年1月14日

債権者 吉野修

<ほか二名>

右三名代理人弁護士 大音師建三

同 小牧英夫

同 福井茂夫

債務者 李林培

右代理人弁護士 宮永堯史

主文

債務者は債権者らに対し、別紙目録記載1の土地上に建築した別紙図面(一)および(二)の赤斜線部分の塀上に同図面(一)の(イ)と(ロ)を結ぶ線の高さを超えて設置したビニール波板製塀を本決定送達の日から三日以内に撤去せよ。

債務者が右期間内に右塀を撤去しないときは、債権者の委任する執行官は、債務者の費用をもって撤去させることができる。

申請費用は債務者の負担とする。

理由

一、債権者らは、主文同旨の裁判を求め、その申請の理由とするところは次のとおりである。

1  債権者吉野は、別紙目録2、3、4記載の土地を、同草野は同目録5記載の土地を、同川辺は同目録6記載の土地を各所有し、かつ各土地上にそれぞれ居宅を所有している。債務者は、同目録1記載の土地(以下本件土地という)を所有し、その南側に隣接する債権者らの土地との境界線上にコンクリート塀を建築し、その高さが別紙図面(一)の(イ)(ロ)線上に達し、さらにその上まで増設する工事をはじめた。そこで債権者らは、神戸簡易裁判所に対し建築工事禁止の仮処分命令を申請し(同庁昭和五一年(ト)第一二〇号事件)、同年一一月一一日別紙図面(一)の(イ)(ロ)線上を超えてコンクリート塀を建築してはならない旨の仮処分決定を得た。しかるに債務者は、右決定送達後の同月二〇日と翌二一日にコンクリート塀に鉄柱を立て、これに別紙図面(一)の青線部分のとおり一八九ないし三一五センチメートルのビニール波板製塀をつぎ足した。

2  (被保全権利)

(一)  債務者は、昭和五一年七月一一日と同月一八日債権者らに対し本件土地上に居宅を建築するについて、債権者らの土地と境界線上にあったブロック塀を壊してコンクリート塀を作りたいと申し入れ、その際塀の高さを自己が建築しようとする居宅のグランド・レベルから二メートルにすると説明した。債権者らは、工事が開始された同年九月一五日これを承諾して、双方間において合意ができた。従って債権者らは、右合意した高さを超える塀の撤去を請求しうる権利がある。

(二)  かりに右合意がなかったとしても、民法二二五条により境界線上に囲障を設ける場合、その高さ、質等について両地の当事者間に協議がなされなければならない。協議が整わなかったときには、その囲障の高さは二メートルとされている。従って債務者の所有権はこの限度で制限されており、債権者らは、右協議がない以上囲障の高さを二メートル以上にしようとする債務者に対して、建築差止、撤去等を求めることができる。

(三)  また債権者らは、前記土地および居宅の所有権ならびに快適な生活を続けられる人格権の一側面として、採光、通風を得る権利があり、これに基づいても同様の請求をすることができる。

(四)  さらに債務者が本件土地上に建築を予定している居宅は、まだ建築確認申請中であったから、塀の高さについて前記1の当庁昭和五一年(ト)第一二〇号仮処分決定に従い工事を中止しても何ら差し支えないのに、これを無視して土曜日、日曜日という債権者らが裁判所等の救済を求めるのに困難な日を選んでビニール波板塀の設置を強行した。

債務者が、現在右工事の必要があるとは考えられないのであるから、債権者らの生活妨害を企図して設置したものであり、権利の濫用として容認することができない。

3  (必要性)

債権者らは、各居宅の二階部分まで居宅場所から僅か数一〇センチメートル離れた所に塀を建てられ、その採光、通風を遮断され、生活上の妨害をうけているのに対し債務者の塀の設置工事は必要がなく、撤去してもさして損害はない。債権者らは、本訴提起の準備中であるが、急務とする右救済を求めるため本申請に及んだ。

4  (債務者の反論に対する再反論)

(一)  債務者は、神戸市に対して建築確認申請を提出しており、しかもすでに同一敷地と思われる所に債務者と兄弟の原田勝雄宅が建てられ、完成に近いのであるから、民法二二五条にいう「二棟の建物が所有者を異にし」という状況が作り出されていて同法の適用ないしは準用されるべきである。

(二)  本件土地は元々債権者らの所有土地と同じ高さであったが、債務者はことさら人の背高程の深さに土を削り取って低地にした。そのため債権者らから観望される状態となったから、これを防ぐべく目隠のため塀を設置するのは、自ら招いた結果を債権者らの不利益に転化させるものである。

そのうえ、債権者らの居宅の本件土地に向った窓は、いずれも境界線から一メートル以上離れていて、目隠を設置する必要がない。かりに目隠の設置が必要としても、債務者から債権者らにこれを求めるべきで、自救行為的な高い塀を作る要はない。さらに債権者らの居宅は、いずれも建築基準法に合致して建築され、建築確認もうけている。

二、債務者は、「本件申請を却下する。申請費用は債権者らの負担とする。」との裁判を求め、答弁および反論とするところは次のとおりである。

1  債務者が、債権者ら主張のとおり神戸簡易裁判所昭和五一年(ト)第一二〇号仮処分決定をうけたこと、債権者ら所有地と接する債務者所有の本件土地上に、別紙図面(一)の(イ)(ロ)線までコンクリート塀を建築し、その上にビニール波板塀を取りつけたことは認める。その余の債権者らの主張はすべて否認する。

2  民法二二五条は、二棟の建物が存在する場合を前提としているので本件土地上にまだ建物が存在しない以上、二メートルを超える塀を建築することは許される。

3  神戸簡裁昭和五一年(ト)第一二〇号仮処分決定は、別紙図面(一)の(イ)(ロ)を結ぶ線の高さを超えてコンクリート塀を建築してはならない趣旨であり、債務者が設置したビニール波板塀は右仮処分決定に違反するものでない。また右設置工事をなした日も、裁判所の救済を求めるのに困難な日を選んだものでなく、単なる施工上の都合にすぎない。さらに債権者らの居宅の採光、通風について、本件土地上の塀は右居宅の北側にあって、その間に相当の距離があり密着していないのであるから、特に問題にならず、債務者に債権者らを害する意図もない。

4  むしろ債務者が設置した塀は、建築基準法上許容されたものであるのに対し、債権者川辺の居宅は、北側斜線制限に違反して五四センチメートルも北側に寄っており、債権者草野の居宅も南側道路斜線制限に一メートル程度違反して建てられていて、自ら違法建築をしながら相手方にのみ権利を主張することは許されない。

5  債務者がビニール波板塀を取りつけたのは、コンクリート塀のままでは建築予定の債務者の住居が、債権者らから見おろされ住居の平穏を害されるからであり、植樹による方法も不可能で、他に方法がなかったのである。

三、当裁判所の判断

1  当事者間において争いのない事実および本件疎明資料によると、債権者ら主張1の事実を認めることができる。そこで以下債権者らが、塀の一部撤去を求める被保全権利があるか否かについて検討する。

2  まず当事者間に塀の高さについて合意がなされたか否かについて、合意の成立を的確に認めうる疎明資料にとぼしく、これを採用することはできない。

ところで債権者らは、前記のとおり別紙図面(一)(二)に示す状態で本件土地に南接して、土地および居宅を所有しているが、その境界線に接して債務者が建築した塀は、疎明資料によると同図面(一)のとおりコンクリート塀部分が東側で三・四七メートルの高さにあり、その上にビニール波板塀が一・八九ないし三・一五メートルの高さに及び、債権者らの各居宅の二階軒下に近い高さまで達していて、しかも右各居宅の北壁と数十センチメートル程度に接近して右塀があり、あたかも右居宅の屋根部分を除き覆うかの如く建てられていることが認められる。一方疎明資料によると、本件土地は第一種住居専用地域であって、債務者はその南側に右塀を建築し、次いで建築確認申請中の木造二階建、延床面積一三一・六平方メートルの居宅を建てるべく整地中であることが認められる。

右事実からみると、債権者らは、債務者の設置した高塀のため、各居宅の北側における開口部からの採光、通風が妨げられ、階下部分において著しく、階上部分でも部屋が暗くなり、干場の洗濯物の乾きが悪くなるなどの不便や生活上相当の不快感を伴う被害の生ずることは否定できない。ところが債務者が、このような高塀を建てる目的は、債権者らから見おろされるのを防ぐためというのであるが、これから建てようとする建物内の構造等に種々の工夫さえすれば防げなくはないものを、他人の居宅の前に巨大な高塀を設置するのは、隣人に犠牲のみ強いる利己的なものといわねばならない。

また、民法二二五条によると、囲障設置について相隣関係者で協議ができないときの囲障の高さを二メートルと規定されている。もっとも同条の規定は、既に二棟の建物があって、その間に囲障を設置する場合であるので、本件においてそのまま該当しないが、債務者が居宅を後から建てようとして塀を設けているので、これを類推適用することも不可能でなく、少くともその趣旨を尊重すべきである。しかも債務者は、当裁判所が昭和五一年一一月一一日なした別紙図面(一)の(イ)(ロ)線を超える線の高さを超えてコンクリート塀を建築してはならない旨の仮処分決定をうけながら(この点は当事者間に争いがない)、コンクリート製でなければ右決定に抵触しないとして、敢てビニール波板塀に変えて設置したが、当事者双方間の諸事情は右仮処分決定時と変ったものではないことは当裁判所に顕著な事実である。

なお債務者は、債権者らの居宅について、建築基準法違反の点をいうが、これを認めるに足りる疎明資料がなく、かりに違反があったとしても、本件塀の建築と関連する程度のものとは考えられない。

そうすると、双方間の諸事情を対比してみると債務者の本件土地におけるビニール波板塀の設置は、住居の平穏ひいては私生活上の秘密保持のためとしても、隣人への配慮に欠け、これに被害を与える点において権利の行使として是認しえないものであるから、違法のそしりを免れない。従って債権者らは、その居住上の妨害をうけ、一種の土地建物所有の円満な状態に対する侵害をうけているので、その妨害を相手方の費用で除去しうる請求権を有するものということができる。

3  次に債権者らが、本件のビニール波板塀により、居住上の不便、不快があり被害をうけていることは前記のとおりであり、また当裁判所が先に本件についてなした仮処分決定からみても、これを設置すべきでないことは債務者において当然諒解しえたにもかかわらず敢てなしたので、これを直ちに撤去させる必要性があるものと認める。

4  よって債権者らの本件申請につき、その余の点について判断するまでもなく保証として債権者らに各金一万円を供託させたうえ認容することとし、申請費用について民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤本清)

<以下省略>

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